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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)2191号 判決 1967年7月13日

原告 島村藤太郎

右訴訟代理人弁護士 奈良岡一美

被告 新野博子

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 佐藤操

主文

原告の請求をすべて棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、別紙目録記載の本件土地が原告の所有にかかるものであり被告新野が別紙目録記載の本件建物を所有し本件土地を占有していること、ならびに被告鑓水が本件建物部分に居住し本件土地を占有していることは当事者間に争いがない。

さらに、本件土地は被告新野が、昭和二〇年一月一日、建物所有の目的で原告より期間二〇年賃料月額七円二五銭、毎月末日持参払の約定で賃借し、その後賃料は増額されて昭和三八年五月以来月額三、八四八円と改訂された事実は当事者間に争いがなく、被告鑓水が昭和二四年一〇月、被告新野から同人所有家屋の一部を賃借するに至ったとの事実は原告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二、原告および被告新野の間の本件土地賃貸借契約は、昭和三九年一二月三一日をもって期間満了したが、これに先立ち被告新野が原告に対し数度にわたり右賃貸借契約の更新請求をなしたこと、これに対し原告が昭和三九年六月一九日書面により異議を申述べ、右書面が同月二〇日被告新野に到達したこと、被告新野は前示期間満了後も本件土地の使用を継続し原告が昭和四〇年一月六日書面により右使用継続に対する異議を申述べ右書面が同月七日被告新野に到達した事実はいずれも当事者間に争いがない。

三、よって、原告が被告新野の契約更新請求および期間満了後の使用継続に対して異議を述べるにつき、自ら土地を使用することを必要とし、もしくはその他の正当の事由が存在したか否かについて判断する。

(1)  ≪証拠省略≫によれば右正当事由存否の判断の基礎たるべき原告側の事情について、次の事実が認められる。すなわち、

原告島村藤太郎は昭和三九年一〇月頃より山崎製パン株式会社に勤務し月額約二万円の給与を得ているほか、その所有する土地合計二〇〇坪の地代収入として月額一万五千円を長男および次男より月額各三千円の家計補助をそれぞれ収入として得ている。

しかるところ、原告は五九才の高令に達していて右製パン会社を退職すべき日が近いばかりでなく、昭和三九年二月頃から慢性腎炎、高血圧ならびにビタミンB1欠乏症により通院加療を要する疾病にかかったため、その治療のためにも会社勤務をやめ、妻と共に自家営業をなす必要が生じた。

右の必要とあわせて、原告の次男に対する親としての責任から同人を独立自営させるためには、営業に適する土地を確保することが不可欠であるところ、原告の所有する三筆の土地のうち、本件土地を除く二筆(訴外鑓水某に賃貸した六〇坪および訴外井上某に賃貸した一一〇坪)はいずれも今後長期にわたり賃貸借契約が存続する関係にあるのみならず、右二筆の土地はいずれも住宅地であって営業をなすのにはそもそも不適である。

(2)  ≪証拠省略≫により認められる被告側の事情は次のとおりである。すなわち、

被告新野博子は夫金十郎とともに二戸建一棟である本件建物の向って右側一階店舗において菓子小売商を営み年収約八〇万円を得二階左側八坪を主として住居に使用しており、被告鑓水に対し左側一階店舗(六坪七合五勺)及び左側二階四坪七合五勺の賃料として月額八、五〇〇円を得てこれら収入によって同人夫婦、老母、未成年の子供四人計七人の生計をささえている。ことに被告の母は昭和三九年三月以来老人性うつ病の治療のため長期にわたり入院加療中であるため生活に余裕はない。

また、本件建物は昭和二五年頃五、六坪を増築し、昭和三一年二回目に二階の増築をなして現況の建物になったもので被告新野のこれら増築に投じた建築費は約九〇万円であり、その立地条件を考えるとその耐用年数は決して短いものではなくその財産的価値も相当高いものである。なお、右の増改築について原告は承諾を与えていない旨主張している。しかし、原告は、本件賃貸借の賃料をその期間満了後受領しなくなったことは当事者間に争いがなく、右二回の増築時期は前記の通りであることと≪証拠省略≫によれば、原告は、右増築を承諾していたことを認めるに十分である。これに反する≪証拠省略≫は採用しない。

(3)  右、(1)(2)の事情を比較すれば、本件土地の利用を必要ならしめる生計事情は原被告ともに切実なものがうかがわれる。すなわち、いずれも家族中に病人を擁し、生計に余裕はなく、現に本件土地に立脚する自家営業を唯一の生計手段とし、あるいは、新に本件土地で自家営業を営むことによって生活面を打開しようとしているのであるから、本件土地を必要とする直接の理由のみをとりあげるならば、その優劣は容易につけがたいと言わなければならない。

かかる場合にはより間接的な事情にわたって判断されなければならない。すなわち、原告が前記認定の通りの生活状況下で、治療のかたわら生計を立てるためには適当の場所を得て自家営業をなす他はないことは現在の社会経済生活の実情に鑑みてあきらかであるが、そのためには、原告としては自らが所有する土地をその賃借人ないし第三者に処分し、代りに営業に適する土地を入手するなどの可能性は残されているものと言うべきであるから、結局原告が主張する程度の事情では正当事由の存在につき、これをありとするに充分ではない。

(4)  被告は原告の予備的請求につき、訴の追加的変更であり訴訟を著るしく遅延することを理由に右訴の却下を求めているが、右予備的請求によって訴訟を遅延される事由は本件においては認められない。

(5)  そこで、予備的請求について判断するに、本件において正当事由の有無の基準時点は、遅くとも被告新野の本件土地継続使用につき、原告が異議を申し述べた昭和四〇年一月七日であると考えるのが相当である。しかして、右時点において原告に本件賃貸借の更新拒絶につき正当事由のないことは前段認定の通りであり、原告が金四、〇〇〇、〇〇〇円を被告新野に贈与することを申出たのは昭和四一年九月二八日施行の第七回口頭弁論期日であることは本件記録上明白であるから、右金員の贈与は正当事由の有無につき考慮すべき事由とはならず、本件賃貸借は、昭和三九年一二月三一日の期間満了と共に従前の条件で更新されたものといわねばならない。

四、以上の通りであるから、被告らの本件土地につき被告新野が賃借権に基づきこれを占有する権原があるとの抗弁は理由があり原告の更新拒絶の再抗弁は理由がなく、原告の被告らに対する本件土地所有権に基づく請求は全て理由がない。

三、よって原告の被告らに対する請求を全て棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西山要)

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